【鳥取県平井知事のおばさん発言巡り】都知事が不快感[26/03]

Yahooニュースの記事によると…

「よくご注意なさって」 小池都知事「おじさん発言」に不快感

東京都の小池百合子知事は19日の定例記者会見で、鳥取県の平井伸治知事が18日の県議会で小池氏を念頭に「おばさん」と発言したことを問われ、「知事自らが先頭に立って、こうした『おじさん発言』をしているからこそ、女性がその土地に希望を持てなくなる」と不快感を示した。

[全文は引用元へ…]3/19(木) 16:13

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【Yahoo!ニュースさんの投稿】

引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/78ea254013b31812aebdf79254bffa4313434924

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みんなのコメント

  • 根底に悪意があるかないかの問題だと思う。 悪気がなくて言ったことに怒るなんてなんてと仕事場でよく女性側は言われるけど、意味に悪意を含めていれば十分敵意だと思う。 この人の場合はすでに注意されたのに何度もまた繰り返すならば、悪意ありありでしょ。 嫌いならば絡むなと言っても、コンプレックスとか目立ちたい欲とかあって、許してくれそうな?相手に絡んじゃうんだね。 自分の仕事場にこんな男がいたらマジうざ過ぎる。
  • 知事同士の個人的な対立はともかく、東京都が圧倒的に財政力が高いのは事実で、東京都が幅広く独自の事業を展開出来ることを羨ましく思っている地方の知事は多いと思う。 まだ昭和か平成初期の頃、私の従兄弟が石原裕次郎さんと同じ病になったのだが、伯母さんが「石原さんは東京都の制度で安く手術を受けられるけど、私の地元にはその制度がない」と嘆いていた。 命や健康の価値も、都会と田舎では違うのだなぁとつくづく思う。
  • 女性に対して云々でなく、性を絡めた揶揄的な表現を公職者がしていいかどうか分からないこと自体に問題があるのでは。 もちろん一般人とて同様なのだが、年代によっては女性自らそういう表現用いたり、そういう表現を当たり前のこととして受け止め何ら気にしない方もおられるのも事実。なので、そこまで制約するというか求めるのは逆に窮屈な世の中であるとは思う。 繰り返しになるが民主国家の政に携わる人間はより慎重になるべきかと。
  • どんな理由があると議会という公式の場で、他の都道府県の首長をおばさん呼ばわりすることになるのだろう。 この方はTPOによって言葉を使い分けるという日本人としてのマナーも身に付けていないのだろうか。 この知事といい、元首相といい… 鳥取県民よ、選挙の投票先はもうちょっと慎重に選んだ方が良いのでは?
  • 少子化対策は本来全国的に平等な施策が望ましいと思います。地域差がない方が良いでしょう。税収もそうですが税の活用て施策の仕組みとしては地方税交付金などの分配に差がある場合などを含め、それに対する何らかの不満や嫉妬心や、またはそれまでの当該者間の個人的な言動による好き嫌いが表に出してしまうのは公人としては少なからず見苦しいだけですので、互いに控えた方が良いでしょうね。お互いに損でしかないですから、穏やかに、チクリと指摘したり反論したりせずに流したら良いと思います。大概は無駄で不毛ですから。
  • これは政治の問題と言うより社会全体の問題として考えるべき。 最近は女性への差別用語には日本人自身かなり気を使う様になってきたが男性への差別用語、オッサンとかおじさんとかおやじとか、時と場合によるが、どことなくバカにしたような下心を持って使う人をたまに見かけて残念に思う。 こうした言葉を使う人の心理としてはみんなも使っているから、人が使っても許されるからの心理を垣間見る。 しかしこのような理由から使う事から差別が生まれると思う。
  • 公の会議の場で他の方を示す時におじさん、おばさんとは言わないでしょ。会社の会議でも他会社や他部署の方を引き合いに出す時、あのおばさんなどと言ったら問題ににりますよ。それと一緒だと思います。小池知事も自分がおばさんと表現される世代である事は認識していると思います。そういう表現を立場ある人が公の場で使ってしまう事を問題視してていると感じての発言だと思いました。
  • 私は30歳で子供達もいる既婚の女性です。 もう子供達中心の生活ですし、自分でも自分をおばさんと言うしおばさんの自覚もあります。子供達の同級生からしたら立派なおばさんですから。ただ、蔑視として使う「おばさん」は40歳になっても50歳になってもきっと腹が立ちますよ。悪口で言われているという事ですから。少し年上の夫も自分の事をおじさんと言いますが、蔑視の意味で「おじさん」と言われたら私でも腹が立ちます。歳を重ねる事もおじさんおばさん、お爺さんお婆さんになるのは自然な事ですし、その年齢まで無事に生きれた事は東日本大震災に怯えた私からしたら素晴らしい事です。ですが日本では歳を重ねている事を蔑視して馬鹿にする文化があるので「悪意を持って言っている」と言うのは察知しますよ。
  • これはあまりいい発言ではないですね。 というか、もう問題を引き起こしてしまっている。 他の機関の議事録も、失言など、悪口を言ってしまっている議事録もごまんとありますが、随分、進んでいない閉鎖的な組織の中で、普段思っていることを緩く、話してしまうんでしょう。 もちろん組織して、緩い証拠でしょうが。 『平井氏は2018年にも、税収の偏在是正措置を巡る全国知事会での議論の中で、「母の慈愛の心を持って」と小池氏を揶揄(やゆ)するかのような発言をした。後日、小池氏が不快感を表明し、平井氏は謝罪した。』 過去にもやらかして居たんですね。 ややこうなると癖でしょう。 『小池氏は会見で「何か答えるのもむなしい感じがする」とした上で、「トップとして、女性に対していろいろな思いを伝えることは影響が大きい。よくご注意なさった方がよい」とくぎを刺した。』 東京都知事の方が、上でしょうが、品性も上ですね。
  • 「昭和の中小企業のおやじ」と自らを例えた方もいます。これ、全国にたくさんいる方々に無礼な発言でした。今回は、それとは全く違う場面ですが目の前にいる人間にとっては憤り以外の何物でもありません。 きっと、このような方々は居酒屋と議場の区別がつかない方々だと思います。 「公の場にふさわしい言動」と小学生の時に習いました。親の躾は大切だと思います。
  • “お嬢” なら問題なしか? “ばあちゃん” と言いたいところ、グッと飲み込んだか?鳥取の人、優しさを感じます “オッサン” と言われてないし、いいんじゃないかと
  • 関西風に言ったらオバハンw
  • さすが大年増の厚化粧やで
  • 「おばさんだから 何でもできるのよ」くらい逆手にとっていえばいいのに
  • お姉さんならいいのですか?
  • そういえば小学生の通学路によくいたおばちゃん。 友達がおばちゃん!って呼んだら、お姉さんと言いなさい!ってキレるおばちゃんいたな
  • 73歳でしょ? もうすぐ「後期高齢者」とか 鉄拳の「三島平八」と同い年とか 砂隠れの里の「チヨバア」と同い年とか 元ロジャー海賊団の「クロッカス」さんと同い年とか いろいろあんだろ
  • 親戚やご近所付き合いとか親しい人だよね 「おばさん」なんて言えるのは それに、おばあちゃんだよな年齢的には
  • 73歳なので、おばさん✖️お婆ちゃん◯
  • 「言葉狩り」はもうやめないと……

japannewsnavi編集部の見解

発言を巡る波紋と背景

東京都の小池百合子知事に対する発言をきっかけに、地方自治体の首長同士の言葉遣いが改めて注目を集めている。鳥取県の平井伸治知事が県議会の場で用いた「おばさん」という表現は、直後に議会内でも問題視され、議事録から削除される事態となった。公の場における発言として適切だったのかという論点は、単なる言葉の問題にとどまらず、公人としての姿勢や認識の在り方にも関わっている。

今回の件では、小池知事自身が不快感を示したことに加え、過去にも類似の発言があった経緯が指摘されている。そのため、一時的な失言ではなく、発言者の意識や習慣の問題ではないかという見方も広がっている。さらに、議会という公式の場で他の自治体の首長を揶揄するような表現を用いること自体に疑問を呈する声も多い。

一方で、発言の背景には東京都と地方との財政力格差があるとの指摘も見られる。東京都は潤沢な財源を背景に独自施策を打ち出しやすい一方、地方自治体は財政制約の中で政策を選択せざるを得ない現実がある。このような構造的な違いが、言葉として表出した可能性も否定できない。

言葉の受け止め方と社会の変化

「おばさん」「おじさん」といった表現は、日常生活では一般的に使われる言葉である。しかし、その用いられ方によっては、相手を軽視したり揶揄したりするニュアンスを含むこともあり、受け手の感じ方に大きく影響する。特に公的な場面では、その言葉が持つ意味合いがより重く受け止められる傾向にある。

コメントの中には、本人に悪意がなくても、結果として相手に敵意として伝わるのであれば問題であるとする意見が見られる。また、過去に注意を受けていながら同様の発言を繰り返している点から、意図的なものではないかと指摘する声もある。これに対し、言葉の自由や過度な規制を懸念する立場からは、「言葉狩り」に近いのではないかという見解も存在する。

さらに、性別に関わらず年齢を示す言葉が差別的に使われるケースがあることも議論の対象となっている。「おじさん」や「おばさん」という表現自体は本来中立的なものだが、使い方次第で侮蔑的な意味を帯びる点については、社会全体で共有されるべき認識だとする意見もある。

公人の言動と求められる配慮

公職にある人物には、一般の人以上に発言の影響力がある。そのため、言葉選びには慎重さが求められるという意見が多く見受けられる。特に議会や記者会見といった公式の場では、個人的な感情や軽口がそのまま公的なメッセージとして受け取られるため、より高い倫理観が必要とされる。

今回のケースについても、企業の会議などに置き換えれば、他部署や他社の関係者を「おばさん」と呼ぶことは明らかに不適切であるとの指摘がある。つまり、社会一般の常識として許容されない言動が、公的な場で行われたこと自体が問題の本質だとする見方である。

同時に、地方と都市の格差や政策実行力の違いといった構造的課題にも目を向ける必要があるという声もある。少子化対策など本来は全国的に均一性が求められる分野において、地域間の差が大きい現状は不満や対立を生みやすい。そうした背景がある中で、感情的な表現が表に出ることは理解できるとしつつも、公人としてはそれを抑制する責任があるとする意見が主流である。

今回の一件は、単なる言葉の問題にとどまらず、公的立場にある人物の振る舞いや社会全体の価値観を問い直す契機となっている。表現の自由と配慮のバランスをどう取るのか、今後も議論が続くテーマと言えるだろう。

執筆::japannewsnavi編集部

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