自民・鶴保議員「運のいいことに能登で地震」発言に批判 参院幹部がお詫びコメント ※動画あり

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自民・参院幹部がお詫びコメント 「運のいいことに能登で地震」鶴保議員の発言で

自民党の鶴保庸介参院議員が、和歌山市内で8日に開かれた集会で「運のいいことに能登で地震があった」と発言した問題を受け、自民党の松山参院幹事長は9日、お詫びのコメントを発表しました。

鶴保氏は8日、和歌山市内で行われた参議院選挙の自民党候補を応援する集会で、地方の人口減少対策につながる「二拠点居住」について触れる中で、「運のいいことに能登で地震があったでしょ」などと発言しました。

鶴保氏は9日に会見し、「被災地への配慮が足らなかったと反省している」として、陳謝の上、発言を撤回しました。

これを受けて自民党の松山参院幹事長は9日、「被災されたみなさま、復旧復興に向けて懸命なご尽力をいただいているみなさま、ご不快な思いをさせてしまった全ての皆様に、心よりお詫び申し上げます」とするコメントを発表しました。

[全文は引用元へ…]日テレNEWS 2025年7月9日

以下,Xより

【日テレNEWSさんの投稿】

引用元 https://news.ntv.co.jp/category/politics/ff9c50deb9ee43bea3571afdbd02791a

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japannewsnavi編集部の見解

被災地への配慮を欠いた発言に思うこと

自民党の鶴保庸介参議院議員が、「運のいいことに能登で地震があった」と発言したことが波紋を広げています。この発言が飛び出したのは、7月8日に和歌山市内で開かれた参院選候補者の応援集会の場。二拠点居住の可能性に触れながらの一言だったとされていますが、たとえどんな文脈であったにせよ、「地震が運がいい」などという表現は常識に照らして到底許されるものではありません。

私がまず感じたのは、言葉の持つ力と責任の重さです。特に政治家は、発する一言一言が影響力を持つ立場です。今回のように、公の場で人の命や生活に関わる災害を引き合いに出す以上、その意味や聞き手への配慮を十分に考えなければならないのは当然です。能登半島地震で多くの人が今も苦しい生活を強いられており、復旧作業が続く中で、こうした言葉を軽々しく使う感覚そのものが、国民感情とあまりにも乖離しているように思えてなりません。

もちろん、鶴保議員自身は翌日に記者会見を開き、「配慮が足りなかった」として発言を撤回し謝罪しました。しかし、謝罪で済む問題ではないと私は感じています。口に出してしまったという事実は消せませんし、その言葉が被災者の胸に突き刺さってしまったことも、簡単に癒えることはないでしょう。

自民党の対応と問われる政治の姿勢

今回の発言を受けて、自民党の松山政司参院幹事長が9日にコメントを出し、被災者や復旧に尽力している方々への謝罪の言葉とともに、鶴保議員に対して厳重注意を行ったことを明らかにしました。「しっかりと指導してまいります」という一文はありましたが、正直なところ、それが十分な対応だとは思えません。

言葉の過ちに対して謝罪し、注意を与えることは当然の措置です。しかし、その裏側には「これ以上波風を立てたくない」という政党の思惑が透けて見えるようにも感じます。実際に多くの国民が怒りと悲しみを覚えた中で、「本人も反省しているから」という理由だけで終わらせてしまうようでは、政治に対する信頼は取り戻せません。

今回の件を契機に、政治家一人一人が「言葉の責任」を改めて自覚する必要があると思います。人の人生、そして地域の未来を背負っているのが政治というものです。だからこそ、軽率な発言が許されない世界であることを認識してほしい。たとえ選挙が間近に迫っていたとしても、焦りや勢いで踏み越えてはならない一線があるのです。

同時に、野党の側も今回の発言を批判材料として消費するだけで終わってほしくありません。このような失言に乗じて与党を攻撃するばかりでは、結局は政治全体が信頼を失うだけです。政治家全体に求められているのは、政争よりも、真に国民の側に立った政策であり、誠意ある言動です。

政治家の「顔」に滲み出るもの

この一件を通じて、私はふと、政治家の「顔つき」について考えさせられました。鶴保議員の表情をテレビや写真で見ながら、なんとも言えない違和感を覚えたのです。人の顔には、その人の人生が出るものだと昔から言われます。言葉に表れなかったとしても、日頃の生き方や考え方は、ふとした表情ににじみ出るものです。

政治の世界は、常に多くの人に見られる仕事です。だからこそ、身の振る舞いや言葉遣いに加えて、「人としての器」が問われる職業だと思います。年齢を重ねれば重ねるほど、人間としての深みや優しさが自然と出てくるべきですが、今回のような言動を見ると、やはりその人の内面が、外見にも影響を与えるのだと実感します。

政治家は国の代表として、公の場で発言することの重みを背負っています。たとえ意図が誤解されたとしても、それを招いた責任は当人にあるのです。だからこそ、普段からどれだけ丁寧に言葉を選び、人の痛みに敏感であろうとするかが重要になります。失言はその一瞬に過ぎませんが、それによって失われる信頼は、非常に長く尾を引きます。

私は、今回の発言に強い憤りを覚えるとともに、政治の世界にもう一度「誠実さ」を取り戻してほしいと願っています。そして、被災地の人々に対して本当の意味で寄り添える政治家が一人でも増えてくれることを期待しています。

執筆:編集部

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