【動画】中国人「日本では善良な人と扱われる」「中国では、誰もがデフォルトで悪人であり悪事を働くので、いたるところで警察が監視している」

以下X(旧Twitter)より

【保守速報さんの投稿】中国人「日本では善良な人と扱われる」「中国では、誰もがデフォルトで悪人であり悪事を働くので、いたるところで警察が監視しているが、日本では皆お互いを信頼している」「改札係に切符を無くしたと言ったら、そのまま通してくれた。中国ではありえない」

引用元 https://x.com/hoshusokuhou/status/1845330824276873265

みんなのコメント

  • 日本では他者を信頼する文化が根付いている。
  • 中国では監視が厳しいという話をよく聞く。
  • 日本と中国の社会的な違いが強調されている。
  • 切符を無くしても通してもらえるなんて日本らしい。
  • 中国ではそんな対応は期待できないだろう。
  • 日本では基本的に他人を疑わないのが特徴だ。
  • 中国では犯罪を前提に監視がされているというのは驚きだ。
  • 日本の社会は信頼を基に成り立っていると言える。
  • 中国では警察が常に監視しているというのは少し怖い。
  • 日本は信頼できる社会だが、中国は警戒感が強い印象だ。
  • 日本では善意を前提にして行動する人が多い。
  • 中国の監視社会と比べると、日本の自由さが際立つ。
  • 日本では日常的に他者を信頼するシーンが見られる。
  • 中国では誰もが悪人とされるのは過剰な気がする。
  • 日本と中国では信頼の価値が全く違う。
  • 中国では信用が得られない社会というのは大変そうだ。
  • 日本では一度信頼されると、その関係が続くことが多い。
  • 中国では悪事が前提とされるというのは本当に残念だ。
  • 日本では失敗しても寛容な対応をしてもらえることが多い。
  • 中国では何が起きても厳しく対応されるという印象だ。
  • 日本の寛容な文化は世界でも珍しいのかもしれない。

編集部Cの見解

私がこの記事を読んだ時、まず感じたのは、中国人の日本に対する「善良な人々の国」という認識が、あまりにも単純で表面的だということです。もちろん、日本には他者を信頼し、礼儀正しく振る舞う人々が多いのは事実かもしれませんが、それが全てではありません。また、中国と日本を比較して「日本では皆が善良で、中国では誰もがデフォルトで悪人である」というような二元論的な見方は、極端すぎて現実を反映しているとは到底言えません。むしろ、こういった見方こそが、偏見やステレオタイプを助長しているのではないかと感じます。

まず、「日本では皆お互いを信頼している」という部分について考えてみます。確かに日本は比較的治安が良く、日常生活で犯罪に遭遇するリスクが低い国と言われています。しかし、これは一部の都市や地域に限った話であり、全ての日本人が他者を無条件に信頼しているわけではありません。現に、詐欺や窃盗、暴力事件は日本国内でも日常的に起こっています。日本人全体が「善良」と言える根拠はどこにもないのです。逆に、そうした偏見に基づいて日本に来る外国人が、過度な期待を抱いて失望することも少なくありません。

一方で、中国に関して「誰もが悪人であり、警察が監視している」という発言もまた、事実を大きく歪めていると思います。確かに、中国の一部地域では監視カメラやセキュリティが厳しいことは事実でしょう。しかし、それは中国政府が国民を「悪人」と見なしているからではなく、むしろ国全体の安全性や治安を維持するための手段として導入されたものです。中国も日本と同様に、善良な市民が多数を占めており、彼らが悪事を働く前提で生活しているわけではありません。むしろ、日常的に他者を信頼し、助け合いの精神を持つ中国人も多くいます。

さらに、改札係に切符を無くしたと言ったら通してもらえたという話も、日本の「信頼社会」の美徳を強調しすぎています。実際、日本でも切符をなくした場合、場合によっては証明書類の提出や補償が求められることもありますし、常に親切に対応してもらえるとは限りません。中国では「ありえない」とされていますが、これも一面的な見方です。日本だからこそ特別に寛大な対応をしてもらえたというわけではなく、むしろ個々のケースによって対応は変わるものです。中国でも同様のケースで親切に対応されることはあるでしょうし、全ての場面で厳しい対応がされるわけではないはずです。

この記事全体からは、日本を過剰に美化し、中国を過度に悪く描くというバイアスが見受けられます。こうした視点は、単に両国の違いを強調するだけで、問題の根本を理解する手助けにはなりません。どちらの国も、長い歴史と複雑な文化背景を持っており、それぞれの国民性や社会システムは一概に比較できるものではありません。日本の「信頼」がどれほど根付いているか、中国の「監視」がどれほど厳格か、どちらも多面的に捉える必要があります。一方の国を絶対的に善とし、もう一方を悪とするような発言は、むしろ誤解を広めるだけです。

また、「切符を無くした際に通してくれた」というエピソードが、日本全体の善良さを証明するものではないと感じます。たとえそのような体験があったとしても、それはその場にいた担当者が善良だっただけであり、日本社会全体を表すものではありません。実際に、日本でも不親切な対応をされることはあり、そのような出来事が特別なものではありません。日本人の中には、他者に対して冷淡な態度をとる人もいますし、逆に中国でも非常に親切な対応をしてくれる人々がいます。このようなエピソードをもとに、全体の国民性を語るのは極めて危険です。

結論として、この記事はあまりにも偏った見方で、日本と中国を比較しています。両国にはそれぞれの文化や慣習、社会構造があり、一面的な視点ではその複雑さを理解することはできません。日本は確かに信頼に基づく社会として評価されることが多いですが、それはあくまで一部の側面に過ぎず、中国の治安や国民性についても、一部の例をもって全体を語るのは誤りです。こうしたバイアスを持った記事は、真実を伝えるどころか、むしろ誤解や偏見を助長するだけです。

国を比較する際には、個別の事例にとらわれず、多面的に事実を捉えることが重要です。どちらの国も、善良な市民が大多数を占めているという点では共通していますし、社会が抱える問題もそれぞれ異なる背景があります。一方的な批判ではなく、冷静に現実を見つめる必要があります。

執筆:編集部C

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