◆東南アジア初の高速鉄道、インドネシアの「Whoosh」が開業
 列車は8両からなり、601の座席を備える。正式名を「Whoosh(ウーシュ)」といい、インドネシア語で「時短、最適な運行、信頼性の高いシステム」の頭文字を取った。インドネシア4州の州営企業と中国鉄道インターナショナル社との合弁会社PT KCICが運行を担う。ほかの大都市への路線延伸も計画中だ。

 CNN(10月2日)によると、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は開業式で、「インドネシア初、そして東南アジアでも初の高速鉄道」と先進性を強調した。ソーシャルメディアには、試乗した乗客らによる動画が早くも投稿されている。列車が東ジャカルタのハリム駅出発し、バンドン西部のパダララン駅へ向けて走り出すと、乗客らはエアコンの効いた広々とした車内からインドネシアの田園地帯の風景を楽しんだようだ。

 

開業式で演説するジョコ大統領(10月2日)|Achmad Ibrahim / AP Photo

 

 一方、開業への道はスムーズではなかった。元々2019年に開業する予定だったが、土地取得問題、新型コロナのパンデミック、費用の増加で大幅に遅れた。予算超過額は12億ドル(約1800億円)規模に達し、公費投入に追い込まれるなど、問題が山積した。

◆運賃とアクセス性に大きな課題
 すでに開業したWhooshだが、運賃の発表は10月中旬を待つことになる。運行会社のPT KCICは、片道25万から35万インドネシア・ルピア(約2400円から3300円)になるとの概算を示している。ところが既存のシャトルバスなら、ほぼ同じ区間が8万ルピア弱(800円弱)だ。住民の反応は芳しくない。バンドンに住むアニンダ・デウァヤンティ氏は英BBC(10月3日)に、「高すぎます」と不満を露わにした。「ほかにも同じような価格の交通手段は複数あります。私なら普通の列車やバスを使います」と彼女は言う。

 運賃の決定にあたり、PT KCICは厳しい選択を迫られそうだ。ISEASユソフ・イシャク研究所(旧・東南アジア研究所)シニアフェローのシワゲ・ダーマ・ネガラ博士は、シンガポールのチャンネル・ニュース・アジア(10月2日)に対し、「価格の手ごろさを確保することが重要ですが、同時に、このプロジェクトはかなりの額に達しているため、事業者はコスト回収も確実にしなければなりません」と指摘する。

 

 ネガラ博士はまた、人々の行動を変え、高速鉄道の利用を促進するためには、価格面での動機づけが必要だとも語った。膨らんだプロジェクト費用で運賃が高額になれば、新たなインフラが利用されない危険をはらむ。

Achmad Ibrahim / AP Photo

 価格面以外では、4つある駅の立地も問題視されている。たとえばバンドン中心部に行く乗客は、パダララン駅で「フィーダー」と呼ばれる別の列車に乗り換える必要がある。戦略コンサルティング会社であるコントロール・リスクスのアハマド・スカルソノ氏はチャンネル・ニュース・アジアに対し、「これら4つの駅はいずれも、こうした(通勤客やエグゼクティブなどの)主なユーザー層にとってアクセスしやすい商業エリアには位置していません」と指摘する。総合的な利便性を考えれば、引き続き既存のシャトルバスが多く利用される可能性もあるとスカルソノ氏はみる。

◆「中所得国の罠」から脱却図るも、負の遺産となるリスク
膨らんだプロジェクト費用の回収も課題だ。ジャカルタの独立系経済シンクタンクであるインデフ社のアンドリー・サトリオ・ヌグロホ氏は、香港の日刊英字紙であるサウスチャイナ・モーニングポスト(9月30日)に対し、「ジョコ大統領は、インドネシアが2045年までに中所得国の罠(途上国が中所得国になるが、それ以上の成長が鈍化する状態)から抜け出し、1人当たりの所得が先進国と同等になることを望んでいます」と語る。

ところがヌグロホ氏によると、高速鉄道はかえって負の遺産になるという。「しかし、この高速鉄道は負担が大きいのです。ローンの利子だけでなく、借金の返済も引き続き迫られます。

 

毎年、国家予算から(公共鉄道運営会社の)ケレタ・アピ・インドネシア(KAI)にも資金を投入します」「ですから、ジョコウィが築き上げた遺産は、国にとって相当な負担なのです」と語る。

Achmad Ibrahim / AP Photo

ヌグロホ氏はまた、「これは政府にとって教訓となるはずです。高速鉄道で採算を取るのはかなり難しい」と強調した。「我々の計算によれば、次の3人の大統領が任期を終えてなお、採算は取れないでしょう」

◆高利の中国融資に手を伸ばす
 コスト超過をカバーするため、インドネシアは中国開発銀行に融資を求めた。インドネシアのルフット・パンジャイタン海洋・投資担当調整大臣は、金利が「2%以上」になると明かしている。

 サウスチャイナ・モーニングポストは、「この融資は、ウィドドが日本ではなく中国をプロジェクトに選定していなければ、回避できた金額だとする批判もある」と指摘する。

 

 金利2%の中国に対し、日本は0.1%を提案していた。「日本が提案した62億米ドルの予算は、プロジェクトの最終価格より低かっただろう」とも同紙は述べている。

試乗時の様子(9月18日)|Achmad Ibrahim / AP Photo

 学術系ニュースサイト『カンバセーション』は今年5月、プロジェクト費用が当初予想の60億ドルから12億ドルも膨れ上がったと指摘。昨年12月には2人の命を奪う事故が起きるなど、プロジェクトは難局続きだと報じている。記事は、港建設プロジェクトで負債に行き詰まったスリランカが中国企業に実質的に港を乗っ取られた事例を振り返り、インドネシアの高速鉄道プロジェクトは過去の例に学ぶべきだとも警戒を呼びかけている。

 

 将来への期待を背負う高速鉄道プロジェクトは、課題を抱えながら走り出した。今後東ジャワ州の州都であり主要港を擁するスラバヤにまで延伸する計画がある。別途進行中の首都移転計画を含め、渋滞解消と経済発展の同時進行を狙うインドネシアだが、展望は不透明だ。