【橋本琴絵氏】私が取り戻したい日本。移民がいない日本。

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以下,Xより

【橋本琴絵さんの投稿】

引用元 https://x.com/natsukashi__/status/1904292970465050998

https://x.com/HashimotoKotoe/status/1904305625028497508

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みんなのコメント

  • この時代に戻りたい……いや、生まれてなかったわ(大正にタイムスリップでもできんかね…)
  • 少し前で当たり前の風景でしたね。縁側でよく昼寝をしたものです。また、家族でスイカも食べた。本当に懐かしい
  • 取り戻したい日本。 移民がいない日本 取り戻したい日本。 移民がいない日本 取り戻したい日本。 移民がいない日本 取り戻したい日本。 移民がいない日本 取り戻したい日本。 移民がいない日本
  • 夜は閉めてたけど、ばあちゃんちを思い出す!! 良き日本というべきなのかは分からないが、平和さは素晴らしいと思う!
  • 小学生当時に夜中泥棒が侵入したが、父に見つかると酔っ払いのフリして自宅を間違えたと言い訳して逃げた。。。ある意味、平和な時代でしたね。
  • 激しく同意
  • 帰化人も要らない
  • 夏でもラジオ体操の時間は涼しくて 広場の草むらは朝露で冷たいほどでした 美しい夏の光景
  • これが正しい日本の姿 でも今は私たちも日本の一部ネ このようなお家があったら嬉しくて入っちゃうネ 日本大好きネ!
  • わかる。 移民を入れて混沌の中で延命するよりかは、鎖国して緩やかに滅びたい。 極論だけどさ。 近所のインドカレー屋のネパール人さん以外で良い移民に会ったことない
  • それ移民関係ない エアコンがある暮らしを一度でも経験した人間はエアコン無しでは生活出来ません
  • 夏は玄関も開けっぱなしで寝れた時代があったって信じられないよな それくらい安全だったってことでしょ
  • 今じゃ鍵2重にしても不安な世の中だからな それが普通になってるのが逆に怖い
  • 玄関から「ごめんくださーい」って声かけてくる人がいた時代なんて、今の子には想像もつかないと思う
  • こういう話を聞くと、やっぱり昔の日本ってどこか人と人が信頼で繋がってたんだなって思う
  • 移民が増えると地域の空気が変わるって、住んでる人なら肌でわかるんだよね
  • 子どもが安心して遊べる町を残したいって気持ち、すごくよくわかるよ
  • 昭和の日本って、今考えるとめちゃくちゃ贅沢な環境だったよな 安全と静けさがあった
  • 大量に外国人が入ってきて、文化もマナーもバラバラになってきたのって本当に問題だよ
  • 別に外国人が全部悪いって言いたいんじゃなくて、ルールを守れない人を入れるのが問題なんだよな
  • 昔は地域で子どもを見守る雰囲気があったのに、今じゃ誰が住んでるかもわからない
  • こういう話を政治家が口にしてくれること自体が貴重になってきたなと感じる
  • 昭和が良かったとか懐古って言う人もいるけど、実際あの頃の方が落ち着いて暮らせたよね
  • 人と人が「すみません」とか「ありがとう」でつながれてた時代をもう一度見てみたいわ
  • 治安が悪くなった原因って、どこからか明確に議論しないとダメだと思う
  • 共生社会って言葉、最近聞きすぎて逆に胡散臭く感じるようになってきた
  • 自分の子どもには、玄関開けっ放しで寝れるような国を体験させたいけどもう無理だよな
  • 町内会とか地域のつながりが崩れたのも、外からの文化が急に入りすぎたのも関係してる気がする
  • 結局、日本人同士でもマナーを守って暮らしてきたのに、それが通じなくなるのが一番きつい

japannewsnavi編集部Bの見解

昭和の記憶が語る「安全な日本」の価値

橋本琴絵氏が紹介した、昭和時代の「玄関も網戸も開けっ放しで寝られた日本」。この一文に、私はとても深い共感を覚えました。治安が良く、ご近所との信頼関係も自然に築かれていたあの頃の日本。そこには、言葉にしなくても通じ合える安心感と、どこか温かさを感じる日常がありました。

最近の日本はどうでしょうか。家の鍵をかけるのは当たり前、地域の顔も分からず、治安の不安から夜道を歩くことすら気を張る。これは単なる時代の変化でしょうか。それとも、私たちが「何か」を見過ごしてきた結果でしょうか。

橋本氏の「移民がいない日本を取り戻したい」という発言には、賛否があることも承知しています。けれど、現実を見れば、日本国内で増える外国人による犯罪やトラブル、文化摩擦に頭を抱える自治体は少なくありません。特に、一部の地域では外国人コミュニティの拡大によって、ごみの分別が守られない、騒音トラブルが頻発する、地域行事が成り立たなくなるなど、暮らしの根幹が揺らいでいるのも事実です。

「共生」の理想が現実と乖離している今

「多様性」や「共生」という言葉が美辞麗句のように使われるようになって久しいですが、実態はどうでしょうか。本当に理解し合えているのか、文化や習慣の違いをすり合わせるどころか、無理やり「受け入れろ」と押し付けられている場面も多くあります。

特に子どもを育てる親の立場から見れば、治安や教育環境は将来を大きく左右する重要な要素です。私も子どもを持つ親として、近所にどんな人が住んでいるか、子どもが安心して通学できるかという点に強い関心があります。もし、言葉の通じない家庭が急に増え、地域のルールを共有できない状態が続くとしたら、それは「多様性」ではなく、「分断」の始まりです。

かつての日本では、ルールやマナーを“察して”守る文化が自然と根付いていました。ゴミ出しひとつとっても、地域のきまりを守るのは当然。お互いに助け合い、迷惑をかけないように心掛ける姿勢が当たり前に存在していたのです。それが今や、法律や条例でガチガチに縛らなければ通じない社会になってしまった。これは本当に「豊かさ」の証なのでしょうか。

再び「信頼できる社会」を目指して

私は、もう一度「信頼で成り立つ社会」に戻したいと強く願っています。そのためには、まず「日本人が暮らしやすい日本」に立ち返ることが必要です。過剰な外国人優遇政策や、実態を無視した共生押し付けをやめ、ルールを守れる人だけを受け入れる。当たり前のようでいて、今ではそれが“差別だ”と非難されてしまう空気があることに、私は強い違和感を覚えます。

橋本氏のように、真正面から「このままではいけない」と訴える声がもっと増えていかなければ、日本の安心・安全はじわじわと崩れていくでしょう。そしてそれは、やがて取り返しのつかない形で現れてしまうかもしれません。

良かった時代を「懐かしい思い出」で終わらせたくありません。今こそ、私たち一人ひとりが「この国をどうしたいか」を真剣に考えるべき時なのだと思います。守るべきものがあるなら、それを守るための覚悟も必要です。

執筆:編集部B

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