創価学会が中道支持を正式決定 「人間主義」「中道主義」「生活者ファースト」の理念評価[産経]

産経新聞の記事によると…

創価学会が中道支持を正式決定 「人間主義」「中道主義」「生活者ファースト」の理念評価

公明党の支持母体である創価学会は22日、衆院選(27日公示、2月8日投開票)への対応を協議する中央社会協議会を開き、立憲民主党と公明党が結党した新党「中道改革連合」を支持すると正式決定した。

創価学会の機関紙「聖教新聞」によると、中央社会協議会は中道改革連合が「『生命・生活・生存を最大に尊重する人間主義』の理念を掲げ、国民一人一人が自分らしく生き、その活力が社会の発展を支える政治、そして、人間の尊厳を守り抜く政治を国の中心に据えようとしている」と評価した。

[全文は引用元へ…]2026/1/23 12:05

Xより

【産経ニュースさんの投稿】

引用元:https://www.sankei.com/article/20260123-CRLNQDUPDNE2XMKHDGTUNTT7IE/

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みんなのコメント

  • 支持? 指示じゃないの?
  • 宗教団体があからさまに政治に関わってくるとは、どうなってんの?
  • 統一教会 OUT! 創価学会 SAFE …何の違い?
  • これ本当おかしいニュースでさ 「統一教会が」 って主語だったら大騒ぎなんやろ?
  • あわれな創価学会員 今まで公明党が大きくなるために、こき使われ 金を吸われ そして今度は日本を中国に売り渡すために使われる。
  • これ、ほんと学会員、馬鹿にされてるよね
  • 創価学会の内部では公選法違反を巧みに避けながら中革連の支援をやってたけど、ようやく公に動けるんですねえ
  • 「『生命・生活・生存を最大に尊重する人間主義』 当該自然人の母国において保障されるべきものですwww
  • 「創価学会が」であって「創価学会員が」ではないのよね。 創価学会員の方のポストが流れてくるけど、流れてくるポストのみなさんはきちんと考えてらっしゃる。
  • “人間”とか“生活者”って、外国人も含めてるからそういう言い方になる。 移民がどんどん増えているなかで“日本人”ファーストと言えない政党は信用できない。 創価学会は外国人のための政治をしようとしている。
  • お日様が西から登ったらニュースだが、お日様が東から登ってもニュースにならん。
  • 教義とか説明されればされる程、遠のいていく
  • 統一教会はだめで創価学会は良い理由は何?
  • 学会員の皆様の良識を信じたいと思います。子供達の未来のための選択選挙なのですから。
  • 対する立正佼成会の態度と杉尾秀哉の態度をすごく気にしている
  • 何でもありって事ですね
  • 政教分離ってどこ行ったの?
  • 学会員から電話がかかって来たら「大義はどこにあるのか?」って野田代表の言葉を送り返す
  • 創価学会のまともな日本人信者が支持するとは思えないけどな 自分の頭で考えて投票すれば良いよ
  • 昔は選挙を戦うことに広布が進む!なあんて教えられたが、今じゃ選挙のたびに会員が離れることになってしまったね。
  • そりゃご本尊の唱えた言葉ですし……
  • 創価学会の 教義を 皆さんは 必ず 知る必要があります 『政治に創価学会は 要らない』
  • 結局盲目的なだけだった
  • 人にとやかく言われるのキライなので、勝手に中道を応援してる まだ正式決定してなかったんだとは思った
  • 見えてきたな… 創価学会とか統一教会よりもよっぽど厄介やんけ笑
  • 学会員だからといって、皆が上からの指示に従って 「中道」を支援するとは限りません。 私はコロナ以降、支援出来なくなりました。

japannewsnavi編集部の見解

宗教団体と選挙対応をめぐる報道を読んで

私が今回の報道を読み、まず強く印象に残ったのは、宗教団体が特定の政治勢力への支持を「正式決定」として公表した点でした。報道内では、その判断に至った理由として理念や価値観が説明されていましたが、それを受け取る側の反応は一様ではありませんでした。紹介されている多くのコメントでは、「支持」と「指示」の違いを巡る疑問や、宗教団体が政治にどこまで関与してよいのかという根本的な問いが投げかけられていました。とりわけ、政教分離という原則が現実の政治過程でどのように扱われているのかについて、違和感を覚える声が目立っていたように感じます。
また、宗教団体としての公式判断と、個々の信者の考え方を切り分けて捉える必要性を指摘する意見も多く見受けられました。団体の声明がそのまま信者全体の意思と受け取られることへの懸念が語られており、報道の受け止め方が慎重であるべきだという空気も感じ取れます。

支持と批判が交錯する世論の温度差

報道に対する反応の中では、他の宗教団体との比較を持ち出す声も少なくありませんでした。過去に社会問題化した事例を想起しながら、「なぜ扱いが異なるのか」という疑問を呈するコメントが紹介されています。これらは特定の立場を断定するというより、報道や世論の基準の不透明さに対する不満として読むことができます。
一方で、信者個人への配慮を求める意見も見られました。団体の政治的判断が、日常生活を送る一人一人の信者に対する評価へと短絡的につながることを危惧する声です。電話連絡や選挙活動の在り方に触れつつも、感情的な断罪を避け、冷静な議論を望む姿勢がうかがえました。こうした温度差は、宗教と政治というテーマが社会において依然として繊細であることを示しているように思われます。

将来への不安と静かな問いかけ

さらに多くのコメントでは、子どもや将来世代への影響を案じる言葉が添えられていました。特定の政策や理念への賛否というより、選挙そのものが持つ意味を重く受け止め、「大義」や「責任」という言葉を用いて問い直す姿勢が印象的です。かつての経験談として、選挙のたびに組織と個人の距離が広がってきたのではないかと振り返る声もあり、長年関わってきた人ほど複雑な思いを抱いている様子が伝わってきます。
全体を通じて、私が受け取ったのは、賛成や反対を単純に分ける議論ではなく、「考えること」を求める静かな呼びかけでした。団体の決定と個人の判断、理念と現実、その間に横たわる緊張関係をどう捉えるのか。多くのコメントは結論を急がず、社会全体で向き合うべき課題としてこの問題を提示しているように感じました。

執筆::japannewsnavi編集部

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