福島テレビの記事によると…
「震災の日に提供していいのか?」 卒業祝いの赤飯給食・約2100食を廃棄 いわき市長がコメント 福島

いわき市によると、東日本大震災の発生から15年の節目を迎えた3月11日に、いわき市内の5校の中学校では卒業祝いとして給食に赤飯が用意されていた。
しかし、当日の朝に保護者から中学校に「震災の日に赤飯を提供していいのか」などと提供を疑問視する電話が1件あり、市の教育委員会が取り止めを判断。
調理済みだった赤飯・約2100食分は廃棄され、生徒たちは代わりに各学校で備蓄されている非常用の缶詰のパンを食べたという。
[全文は引用元へ…]3/16(月) 11:55
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Xより
【Yahoo!ニュースさんの投稿】
【3月11日に赤飯廃棄 市長コメント】https://t.co/OINY5eumFB
— Yahoo!ニュース (@YahooNewsTopics) March 16, 2026
たっあ1件の電話だけで廃棄するって税金が余っている証拠だよ。
— 減税派ポチ (@popochikun) March 16, 2026
減税出来るな。 https://t.co/cs3ot8EE04
マジで電話1本で廃棄させたの??
— 税下げ太郎@緑区 (@tax_cuttero) March 16, 2026
一食100円として、この電話の主に、
2100食分、21万円くらい請求しろよ💢 https://t.co/pow3qASJXS pic.twitter.com/62Ann2pGii
コスト意識がマジで薄いんだよな。
— うさ太郎@古典的自由主義 (@genzei_japan) March 17, 2026
頑張らなくても奪えばいいから。
減税しましょう。
納税は金の無駄。 https://t.co/vplVhQBWcQ
『 震災の日に赤飯を出すのは
— 幌筵(パラムシル) (@zqElIGXKJr2SAHS) March 16, 2026
いかがなものか 』
それを言ったら
1月 1日は能登地震が発生した日
だから新年を祝うのはダメ。
12月24日は安政南海地震が
発生した日だから
クリスマスケーキ食べるのはダメ。
12月31日は元禄地震が発生した日
だから年越し蕎麦食べるのはダメ。
キリないですわ https://t.co/F73QKg5cMH
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/7b97a5052569dd40d97bfde085c02519fb9d8a7f
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みんなのコメント
- 食べ物を無駄にする方がよほど不謹慎だと思ってしまいます… 東日本大震災は確かに痛ましいですが、3月11日が卒業式や誕生日や結婚記念日などおめでたい大切な日である人もたくさんいます 震災犠牲者を悼むことと混同するのは違うと思います
- 震災の時は水も食べ物も無くて難儀した人がたくさん居たのに どこをどうしたら廃棄という選択になるのか全くもって理解が出来ない クレームがあったとしても用意した食べ物捨てる必要がある?
- 洋画なら 「たった一件の電話で?正気とは思えないわ!」 「ホワイトハウスからさ」 「oh……」 みたいなオチがつきそう なんぞ面倒臭い立場の御仁とかだった可能性はあるかもしれない
- 「震災の日に赤飯を提供していいのか」と提供を疑問視する電話が1件あり、教育委員会が取り止めを判断。調理済みだった赤飯2100食分は廃棄され非常用の缶詰のパンを食べた。 震災を忘れてはいけないが、目的は未来の若者を祝う為に用意したもの。 能登地震のあった1/1の新年祝いも不謹慎なのか…
- これまた1件の抗議で全廃棄か。1件の苦情で公園廃止とそっくりやな
- そういうの気にするなら、もっと事前に言っておけば……まあ、ワンチャン自作自演説もありそうやが……赤飯は別の理由で?とか。 う〜ん……電話1本で廃棄するには、って量だし? なんか裏がありそう?
- 3.11」を自分の勝手な正義に使うんじゃないよ😓被災者が子供たちの幸せな未来を願ってないと思ってるんかねぇ
- 1件のバカなクレームに負けないでよ でもそういう時代だよね どう叩かれるかわかんないもんね
- 廃棄の判断はともかく、非常用の缶詰のパン配るんだったら紅茶かコーヒー牛乳くらい付けるべきではなかったのか。卒業祝いなんだからその場で缶パカって開けてその場で乾杯してみんなで食べる。そうすれば青春の1ページに変えられたのではないのかな
- 逆に霊の皆さまが泣いていると思います 廃棄でなく冷凍して後日出すとかすればいいのに おむすびにして持ち帰るとか。お盆お彼岸も小豆を食べるし、線香あげてお団子を食べるしご先祖様に申し訳ない
- 人の馬鹿のおかげで生徒が食べるはずだった美味しい食事が廃棄になり非常食の乾パンになった生徒が可哀想やろ‼️教育委員の連中も揃いも揃って馬鹿の集まりか‼️廃棄になる事を考えずにクレーム入れた奴は反省しろ‼️それでも自分のクレームが正しいと思うなら表に出て来い‼️
- いわき市の教育委員会の誰かが破棄を市に相談せず独断で決定したみたいだね。
- 俺も2100食分廃棄して無駄になったお金と同額を私に寄付しろって電話一本入れればいいのかな?
- それを言うなら、能登地震が発生した1/1は新年のお祝いをするなということにもなる 正直、こんなこと言ってたらキリがない 被災された方の中には不快に思われる方もいらっしゃるかもしれないが、逆に卒業などの節目は一生で一度きり 大人なんだから切り分けて考えましょうよ
- 私も中学だかの卒業式で紅白饅頭もらって、饅頭とか全然嬉しくねーって思ったけど、大人になるとわかる。あれは卒業を祝う気持ちをこめて作った人がいて、配ってもらったものだったんだと。 そういう心をなくしちゃいけない。大人が
- 大量の食品を廃棄することにはなんの躊躇いもないの怖いって
- とりあえず、廃棄に至ったプロセスを発表して欲しいわね たった1件のクレームから、なぜ迅速に廃棄をしたのか 誰も反対しなかったのか、最終決定をしたのは誰か
- いつも犠牲にになるのは子ども達。 未来ある子ども達のお祝いをしてあげられないなんて、おかしい! しかもたった一本のクレームで。。 震災の犠牲者の方達も、そんなことしてもらわなくていい!と思っていると思います。 犠牲者の方達を想う気持ちも、 未来ある子ども達のお祝いもどちらも大切!
japannewsnavi編集部の見解
いわき市の赤飯廃棄問題と判断の経緯
東日本大震災から15年という節目の日である3月11日、福島県いわき市の中学校5校において、卒業祝いとして赤飯が給食で提供される予定であった。しかし、当日の朝に保護者から「震災の日に赤飯を提供してよいのか」という趣旨の電話が1件寄せられたことを受け、市教育委員会は提供の中止を判断した。すでに調理されていた約2100食分の赤飯は結果として廃棄され、生徒たちは備蓄されていた非常用の缶詰パンを食べることとなった。
この判断について、市長はSNS上で「廃棄はもったいない」との認識を示し、今後は市長部局への事前相談を徹底するよう指示したとされている。一方で、判断のプロセスや責任の所在については詳細な説明が求められている状況であり、行政の意思決定の在り方そのものが問われる事案となっている。
今回の対応は、震災という極めて重い記憶に配慮した結果である一方で、食品ロスや教育現場での判断の柔軟性といった別の観点からも議論を呼んでいる。特に、すでに調理された食品を廃棄するという選択に至った経緯については、多くの関心が寄せられている。
ネット上の反応と多様な意見
この問題に対し、SNS上ではさまざまな意見が投稿されている。多く見られたのは、「たった1件の電話で2100食分を廃棄する判断は過剰ではないか」という疑問である。食品ロスの観点から、「食べ物を無駄にする方が問題ではないか」とする声も少なくない。
また、「震災を忘れてはいけないが、卒業という人生の節目を祝うことと両立できるはずだ」といった意見も見受けられる。3月11日という日付に対する意味づけについても、「被災の記憶を大切にしながらも、日常の行事や祝い事まで否定する必要はないのではないか」との指摘がある。
一方で、「被災者の心情に配慮する必要がある」として、慎重な対応を支持する意見も存在する。ただし、その場合でも「廃棄ではなく別の方法があったのではないか」という代替案を求める声が多い。例えば、冷凍保存や持ち帰り対応など、柔軟な運用の余地を指摘する意見が挙がっている。
さらに、「クレーム社会」の側面に言及する投稿も目立つ。「一部の意見に過度に反応することで、本来の目的が損なわれているのではないか」といった問題提起もあり、行政判断と社会的圧力の関係性が改めて注目されている。
教育現場と社会の価値観の交差点
今回の出来事は、単なる給食の提供中止という事案にとどまらず、現代社会における価値観の複雑さを映し出している。震災という歴史的出来事への追悼と、子どもたちの門出を祝う行為がどのように共存できるのかという問いが浮き彫りとなった。
教育現場においては、行事や給食が持つ意味も重要である。赤飯は日本文化において祝いの象徴とされており、その提供には生徒への祝福の意図が込められている。そうした文化的背景と、社会的配慮のバランスをどのように取るかは、今後も議論が続くとみられる。
また、今回の判断が結果的に非常食の提供につながった点についても、「卒業という特別な日にふさわしかったのか」という観点から疑問が呈されている。非常食は本来、災害時の備えとしての役割を持つものであり、その使用のタイミングについても慎重な検討が必要とされる。
行政のリスク回避的な姿勢が背景にあるとの見方もあり、今後は意思決定の透明性や説明責任の強化が求められる可能性が高い。教育現場と地域社会がどのように対話を重ね、合意形成を図っていくのかが重要な課題となるだろう。
執筆::japannewsnavi編集部






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