SNSで批判される議員ほどオールドメディアの人気者になる理由 後ろから鉄砲のあの人も[産経]26/03

産経新聞の記事によると…

SNSで批判される議員ほどオールドメディアの人気者になる理由 後ろから鉄砲のあの人も

数年前の安倍晋三政権のころ、週刊誌などが「あの与党大物議員が首相を徹底批判!」のようなセンセーショナルな見出しをよく掲げていた。思わせぶりではあるが結局、いつも同じような政治家が登場して愚痴のようなことを述べるだけの記事だった。

その一人が自民党衆院議員の村上誠一郎氏である。石破茂政権では総務相を務めたが、安倍政権当時、それほどの「大物」だったのかはこの際置いておく。ただ、安倍元首相が亡くなった際に「国賊発言」をした人であり、ネタ切れのマスコミが訪ねれば、何らかの政権批判をしてくれる便利な存在だったのだろう。

衆院選で旧立憲民主党系野党が大惨敗したことを受けて、TBS「報道特集」などは敗因として「SNSによるデマや誹謗中傷」ばかりを執拗に取り上げていた。まったく関係がないとは言えないものの、膨大な投稿の中から、わかりやすいデマや、あまりに汚い言葉ばかりを選んで紹介していたのは明らかに印象操作である。

「SNS=悪」「落選議員=被害者」という図式に持ち込みたいのだろうが、その意図が露骨過ぎて、出演した落選議員の発言がさらにSNSで批判されるという「二次被害」まで生んでいたようだ。

[全文は引用元へ…]2026/3/1 13:00 有料記事

Xより

【産経ニュースさんの投稿】

引用元:https://www.sankei.com/article/20260301-BVEO3ZM4ERBCPCROHETREX2DOI/

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みんなのコメント

  • >次の総理の批判はもちろん、論評すらしないのが大人の常識 そういう常識があれば今でも総理大臣でいられたかもしれない。
  • この笑顔…守りたくない!!
  • オールドメディアじゃなくて令和ジャーナリズムだと思う。報じる人/団体の問題。SNS炎上商法も含めた報道の偏り
  • 「当選させてやったんだから、しっかり消費税減税の足を引っ張って潰してや、って伝言です」 「フフ、任せなさい。」
  • 産経新聞がオールドメディアを語るという皮肉ね。 本来は産経だってオールドメディアと言われてもおかしくない老舗なのに。
  • 日本国民の民度は相当に高い。 それは遥か昔から台風や地震、火山噴火など天災に見舞われ、いち早く情報を取り入れる事、他人と助け合う事が生き延びる最善だったから。 石破政権では日本は危ないと思った。 高市政権には期待できると思った。 そういう事じゃないかな。
  • 逆もまたしかりで、「オールドメディアが持ち上げるから、 それにイラッとくるから、SNSで批判されるんじゃないの」
  • そんな常識がなかったから国民から嫌われたのだろう。
  • オールドメディアの世論誘導が難しくなったかな
  • 高市首相が自ら公認しましたからね
  • そんな大人の常識聞いたこともない。高市さんにおべっか使っているメディアこそ恥を知りなさい。
  • 産経新聞キレキレの記事だ。産経新聞の時代が来るね
  • だって、オールドディア自体が反日じゃん😅日本の国益を害する者だからSNSで批判される訳で、そんな人物をオールドメディアは使って、反日工作員として重宝するよねって話。
  • この2ショットをタイムラインに流すのをやめてください。ようやく見なくてよくなったのだからね。万博の気持ち悪いマスコットも二度と見たくない
  • なんか めっちゃ不快なもの見てしまった

japannewsnavi編集部の見解

メディアと政治家の距離感について考える

数年前の安倍晋三政権下では、週刊誌やテレビ番組が与党内の批判的議員を取り上げる光景をたびたび目にしました。見出しは刺激的で、「大物議員が首相を徹底批判」といった表現が躍っていたものの、記事を読み進めると内容は限られた人物による定型的なコメントであることが少なくありませんでした。その一人として名前が挙がるのが村上誠一郎氏です。安倍元首相が亡くなった際の発言も含め、たびたび注目を集めてきました。

当時の報道を振り返ると、批判的な声を持つ政治家が固定的に取り上げられ、あたかも与党内に大きな亀裂があるかのような印象を与えていたように感じます。しかし実際には、党内の多様な意見の一部を強調して報じていただけなのかもしれません。メディアが特定のコメントを切り取って紹介することで、視聴者や読者に強い印象を与える構図は珍しくありません。そうした編集の積み重ねが、政治の現場を実像以上にドラマチックに見せていた可能性もあるでしょう。

一方で、政治家側もメディアを通じて存在感を示す必要があります。批判的な発言が繰り返し紹介されることにより、発言者の立ち位置が固定化される側面も否めません。報じる側と報じられる側の距離感は、常に緊張関係の中にあるのだと改めて感じさせられます。

選挙報道とSNSの影響

衆院選で旧立憲民主党系の野党が大敗した際、テレビ番組では敗因としてSNS上のデマや誹謗中傷が繰り返し取り上げられました。確かにインターネット空間には過激な投稿も存在します。しかし膨大な投稿の中から特定の事例のみを抽出して紹介すれば、視聴者に与える印象は大きく変わります。そこに恣意性がないかどうかは、冷静に見極める必要があります。

「SNS=悪」という単純な図式に落とし込もうとする姿勢に対しては、逆に疑問の声も上がっていました。出演した落選議員の発言が再びSNSで批判を浴びるという状況も生まれ、報道のあり方そのものが議論の対象となっています。近年はオールドメディアという言葉も広く使われるようになりましたが、媒体の新旧にかかわらず、報道の姿勢が問われているのは確かです。

映像主体のテレビは影響力が大きい分、編集の力も強く働きます。親しい取材対象者の発言を中心に構成することで、番組全体の方向性が決まることもあります。今回の選挙で多くの野党議員が落選したことで、今後どの政治家がメディア露出を増やすのかも注目されています。

世論、常識、そしてこれから

コメント欄では、次の総理を批判しないことが大人の常識だとする意見や、逆にそのような常識は存在しないとする声が交錯しています。また、特定の政権に期待を寄せる立場や、メディアが持ち上げる人物に対する反発も見受けられました。産経新聞が他媒体を批判する構図に皮肉を感じるという指摘もあり、多様な受け止め方が広がっています。

さらに、オールドメディアの世論誘導が難しくなったとの見方や、SNS時代における報道の在り方を問う意見も目立ちました。エネルギー政策や消費税減税といった経済政策への期待をにじませる声もあり、政治報道は単なる人物論を超えて生活に直結するテーマへと広がっています。

私自身は、どの立場に立つにせよ、情報を受け取る側が複数の視点を持つことが重要だと感じています。報道機関もSNSも、それぞれが社会の一部です。どちらか一方だけを絶対視するのではなく、多角的に事実を見つめる姿勢が求められているのではないでしょうか。コメント欄にあふれるさまざまな声は、そのことを静かに示しているように思えます。

執筆::japannewsnavi編集部

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