自民・麻生副総裁「立憲公明党という政党が出てきた」「チュウカクとか、チュウカクレンみたいな名前だったか」[読売]

読売新聞の記事によると…

自民・麻生副総裁「立憲公明党という政党が出てきた」「チュウカクとか、チュウカクレンみたいな名前だったか」

自民党の麻生副総裁は24日、京都市内で衆院選立候補予定者の会合に出席し、立憲民主党と公明党が結成した中道改革連合について、「昔は『立憲共産党』と言った時代もあったが、『立憲公明党』という政党が新しく出てきた」と述べた。「チュウカクとか、チュウカクレンみたいな名前だったか」とも語った。

[全文は引用元へ…]2026/01/24 20:18

Xより

【小沢一郎(事務所)さんの投稿】

引用元:https://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin/20260124-GYT1T00267/

最新の記事

みんなのコメント

  • 人からの罵声には激怒するが、自分は普段から高市さんに憎悪の言葉ばかり言っているのは許されると? そのダブルスタンダードが嫌われることに、未だ気がついていないのが中道(中国による日本侵略の道標)の本質。 今回の選挙は侵略の可否を問う日本の内戦である。
  • 高市さんになった途端 裏切りだしたんは 創価公明やろが 右傾が嫌なら何故安倍さんの時 連立解消せんかったんや笑
  • 散々世話になった秘書に 陸山会事件の 責任押し付けて逃げきった お前がそれを言うのか?
  • 何を言ってる?じゃあなたは、高市総理に何を言ってきた? そっちの方が失礼だろ? 自分は良くて他人はダメ。自分都合、自己中すぎる。 そんな人が政治家つとまるのか? 当選すれば何もしなくてもそれでいいか!
  • 他人に厳しく自分に激甘
  • 麻生閣下 これからも自民党そして高市さんを よろしくお願いします。 小沢は今回は終わりだな。
  • 醜いのは、裏金王のくせにかつての仲間の小規模な不記載を裏金と叫び続けて攻撃する 小沢一郎
  • 麻生太郎は元々公明党は癌だと難色を示していたが? そもそも論で行けば公明党を連れてきたのは公明とのパイプのあった小沢一郎自身で、自自連立しようとしてたら自公連立で先越されて存在感を失った自由党を壊した張本人が小沢一郎。
  • いやいや、いつもあなたがしていることじゃないですか💦同じ穴のムジナ
  • お前のこのポストは罵声じゃないのかw 元同僚だろw
  • え? 田中角栄にお世話になったの誰でしたっけね?
  • (爆笑)小沢さんが言うの❓人となりはアナタよりも麻生さんの方が断然上だと思うけど。
  • 小沢さんが中道に入っていたのはビックリです。
  • だーかーらー、物書きがX投稿して自分の文に酔ってんじゃないよぉ 小沢さんの年代で、Xの表現は明らかに別人がやってる感満載なんですわ
  • まぁ小沢さんがどう受け取るかは勝手だし、俺とは考え方も違うからいいけどさ 「人の振り見て我が振り直せ」って分かりますか
  • 今日の味方は明日の敵…
  • どこが罵声なんだろ🤔「立憲公明党という政党が出てきた」→公明党と立憲がくっついたんだからその通りやん。「チュウカクとか、チュウカクレンみたいな名前だったか」→中道改革連合(チュウドウカイカクレンゴウ)
  • 普段追い出された憎しみから自民党痛罵してる人に言われても………
  • 最大級の「誰が言うとんねん!」
  • 中道が一致団結できるように 小沢さんからも発信いただけて嬉しいです!
  • チュウカクレンの何が間違いなんだろうか?

japannewsnavi編集部の見解

発言を巡る経緯と会合の位置づけ

私は、京都市内で行われた衆院選立候補予定者の会合における発言が、なぜこれほど多くの反応を集めたのかに注目しました。会合という場は、支持者に向けた決意表明や選挙戦略を共有する意味合いが強く、発言の一部だけが切り取られることで、真意とは異なる受け止め方が広がる場合もあります。今回も、その場の空気や文脈をどう理解するかが重要だと感じました。
実際、発言内容については、過去の政治用語や略称を引き合いに出した点が注目されましたが、それを比喩として受け取るか、侮蔑と受け取るかで評価が大きく分かれています。政治の現場では、言葉の選び方が結果に直結するため、慎重さが求められる一方、支持者の共感を得るために分かりやすい表現が使われることも少なくありません。
私は、この出来事が衆院選を前にした緊張感の中で起きた一場面であり、単独で評価するのではなく、これまでの経緯や各党の立ち位置を踏まえて考える必要があると感じました。

SNS上で見られた多様な反応

私は、SNS上に寄せられた数多くのコメントを読み進める中で、賛否がはっきり分かれている点が印象に残りました。ある意見では、発言を単なる言葉遊びや略称の一致として受け止め、「事実関係を述べただけだ」という冷静な評価が見られました。一方で、別の投稿では、過去の政治的対立や個人的な因縁を持ち出し、「二重基準ではないか」と厳しく指摘する声も確認できます。
さらに、過去の連立や政界再編に言及しながら、現在の立場を批判する意見や、長年の政治経験を評価して擁護する見解も混在していました。これらの反応は、単なる好き嫌いではなく、それぞれが持つ政治観や歴史認識に基づいているように感じられます。
私は、こうした多様なコメントが並ぶことで、政治的議論の裾野が広がっている一方、感情的な表現が先行しやすい現状も浮き彫りになっていると受け止めました。

今回の騒動から見える課題

私は、この一連のやり取りを通じて、政治家の発言と受け手の解釈の間にある溝について考えさせられました。支持者の間では、発言の背景を理解した上で評価する姿勢が見られる一方、批判的な立場からは、言葉そのものの強さが問題視されています。
また、コメントの中には、過去の行動と現在の主張を照らし合わせ、「一貫性」を問う声も多くありました。これは、政治に対する信頼が、日々の言動の積み重ねで形成されることを示しているように思われます。
私は、今回の出来事が、衆院選を控えた時期において、有権者が何を重視して判断するのかを改めて考える材料になっていると感じました。発言の是非だけでなく、その後の説明や姿勢も含めて評価される点は、今後の政治全体にとっても重要な課題だと受け止めています。

執筆::japannewsnavi編集部

コメント

コメントする

CAPTCHA