櫻井さん 「野田さんが有田ヨシフさんの応援に入って、15分のうち14分30秒が萩生田さん悪口ばかり。 ご自分の政策は語らず、裏裏裏って。あーゆー演説しかできない人」

以下X(旧Twitter)より

【ドンマイおじさんさんの投稿】立憲民主党いらない。櫻井さん 「野田さんが有田ヨシフさんの応援に入って、15分のうち14分30秒が萩生田さん悪口ばかり。 ご自分の政策は語らず、裏裏裏って。あーゆー演説しかできない人」

引用元 https://x.com/don_mai_don_mai/status/1852552574723129667

みんなのコメント

  • 演説のほとんどが悪口とは、政策を語る気がないのでしょうか。せめて自分のビジョンを示してほしいものです。人の批判だけでは支持は得られませんよね。
  • せっかくの応援演説なのに、相手の悪口ばかり聞かされるなんて。政策を一つでも話せば、少しは説得力が増すと思うのですが。
  • 悪口を並べるより、自分の政策を語ってほしいです。自分の言葉で未来を語れない人に、信頼は寄せられません。
  • 応援演説に立つなら、政策をきちんと話すべきではないでしょうか。聞き手としては、ただの悪口を聞かされるのは辟易します。
  • 時間を使って相手の批判を繰り返すだけなんて、あまりにも建設的ではありません。せめて、自分のビジョンをしっかりと伝えてほしいです。
  • 批判だけでなく、何を目指しているのかを聞きたいものです。対立する相手の悪口ではなく、代替案や具体的な政策が聞きたかったです。
  • 自分の政策を話さずに相手の批判ばかり。これでは、有権者は誰を信頼して良いか判断できません。真剣に政策を示してほしいものです。
  • 悪口ばかりを繰り返す演説には、正直うんざりです。政策を示せないなら、批判の言葉も虚しく響くだけです。
  • 応援演説がほぼ批判で終わるなんて、不毛でしかありません。相手の揚げ足取りに終始するのではなく、自分の主張を見せてほしいです。
  • 自分の考えを示さずに他人の批判をするばかりでは、信頼を勝ち取ることはできないでしょう。信念を持って政策を語る姿勢が欲しいですね。
  • 相手を非難するばかりの演説に、未来は見えません。悪口に費やす時間があるなら、自分のビジョンをしっかりと説明してほしいです。
  • 他者を貶すことで自分を良く見せようとするのは、かえって逆効果です。誠実さに欠ける姿勢には、疑問しか湧きません。
  • 人の悪口を言っている時間があるなら、有権者に訴えたい政策をしっかり話してほしいです。攻撃的な演説には、失望しか感じません。
  • 自分の政策を話さずに相手の批判を繰り返すのは、建設的ではありません。他者批判ばかりでは、信頼は得られないでしょう。
  • 演説が悪口で終始するようでは、応援者としても恥ずかしいですね。有権者は政策を知りたがっているので、その期待に応えてほしいです。
  • 相手の悪口を言うばかりの演説では、候補者の魅力が伝わりません。もっと自分の強みや政策を語るべきだと思います。
  • 政策の話がなくて批判ばかりでは、聞く方も疲れてしまいます。建設的な対話が期待されている中で、これは残念です。
  • 応援演説で相手を攻撃することが、果たして支持を集める手法になるのか疑問です。政策やビジョンを話す方がよほど有効だと思います。
  • 相手の悪口ばかりではなく、自分がどんな社会を目指しているのかを語ってほしいです。それが応援演説の本来の役割ではないでしょうか。
  • 批判に終始する演説には、正直魅力を感じません。自分の信念を伝える場であるはずなのに、それが全く見えてこないのが残念です。

編集部Cの見解

先日、櫻井さんが野田さんについて述べたコメントが話題になっています。野田さんが有田ヨシフさんの応援演説に立った際、持ち時間の大部分を萩生田さんへの批判に費やし、自身の政策にはほとんど触れなかったという内容です。この発言は、選挙戦において候補者や応援者の演説がどのような意図やメッセージを伝えるものなのか、またそれが有権者にどのように受け取られるのかについて、改めて考えさせられるきっかけとなりました。

まず、応援演説の場であるにも関わらず、ほとんどを相手の批判に使ってしまうというのは残念です。演説の場というのは、本来、候補者やその支持者が有権者に向けて政策や理念を明確に伝え、信頼を築くためのものです。しかし、相手候補に対する攻撃やネガティブな発言ばかりが目立つと、聞き手に「この人たちは一体何を訴えたいのか」と疑問を抱かせてしまうでしょう。私たち有権者が求めているのは、具体的な政策や社会の未来に対する明確なビジョンです。相手を貶めることではなく、自分たちの提案や約束について語る姿勢が、やはり望まれるのではないでしょうか。

櫻井さんが指摘したように、野田さんの応援演説の大半が萩生田さんへの批判に終始したという点について、これは有権者にとっても複雑な思いを抱かせるでしょう。政策の議論や建設的な意見交換が欠けていると、応援する側もされる側も、ただ感情的なアプローチを取っているように見えてしまいます。選挙という大切な場においては、互いの政策を比較し合い、どのような社会を目指すのかを論じることこそが重要です。相手候補に対する批判が一部として含まれることは理解できますが、それだけで終わるのでは説得力に欠けると感じます。

また、応援演説という形であっても、自分たちの支持する政策をしっかりと伝える努力が求められるべきです。演説の場で相手を批判するだけでは、その人が何を実現しようとしているのかが不明確になり、有権者にとっても選ぶ基準が見えにくくなります。言い換えれば、批判だけでは支持を得ることは難しいのです。有権者は、言葉の背後にある具体的なビジョンや解決策を求めています。ですから、政策についての説明がほとんどなく、批判だけが繰り返される演説に失望する人も多いでしょう。

野田さんがなぜ萩生田さんの批判にそこまで時間を割いたのか、その意図は明確には分かりませんが、聞き手から見ると、あまりにも偏った内容では、逆に「政策が無いから批判で補っているのか」と勘ぐられてしまうかもしれません。批判に偏ることで、自分たちが提案する政策や価値観がぼやけてしまうというリスクもあります。有権者は、自分たちが支持する人物や政党がどのようなビジョンを持っているのか、具体的な提案を聞きたがっているのです。

応援に立つ人は、その候補者の魅力を存分に伝える役割も担っているはずです。しかし、相手への批判に終始してしまっては、応援されている側にも良い印象を与えられません。特に、選挙戦の中での批判は、適切に行わなければ、かえって逆効果になることもあります。ネガティブな言葉は人々に強い印象を残しますが、同時にマイナスのイメージも伴うため、選挙の際には注意が必要です。相手を下げることで自分たちの評価を上げるという手法には限界があり、有権者にはむしろ不誠実に映ることさえあります。

加えて、政策を語らずに批判ばかりしていると、聞き手にとっても、その演説に共感する部分が少なくなります。支持を得るためには、相手の悪口ではなく、自分たちの立場や考えを明確にすることが重要です。批判だけではなく、自分たちの政策を分かりやすく伝えることが、応援演説に立つ者としての責任だと感じます。

さらに、批判ばかりをしていると、その場にいる聴衆にも疲れや不満を抱かせてしまうでしょう。人は、ネガティブな話題を長時間聞かされると、その内容よりもその話し手に対する不信感が強まることもあります。演説が、相手への批判だけで終わってしまうのは、やはり好ましくありません。

まとめると、今回の櫻井さんの発言は、応援演説において何が求められるのかを改めて考えさせられるものでした。政策を訴える場で、批判一辺倒の演説が果たして支持を集めることができるのか、という点に疑問を抱きます。応援演説の目的は、候補者が何を目指し、どのような社会を築こうとしているのかを伝えることです。そのため、相手の批判をするのではなく、自分たちの価値観や目標についてしっかりと語るべきではないでしょうか。

選挙戦では、多くの人々が未来への期待や不安を抱きながら候補者の言葉に耳を傾けています。その期待に応えるためには、他者を貶すのではなく、自分の信念や政策を誠実に語り、有権者に選ばれるに値する候補者であることを示してほしいものです。

執筆: 編集部C

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