心肺停止状態の女性にAED(自動体外式除細動器)を使うと、「セクハラで訴えられる」と心配する人がいるようだ。だがよく聞いてほしい、実際にそんな事例はない。にもかかわらず、女性のAED装着率が低いというデータがある。救急救命の専門家に話を聞いた。
AEDで「強制わいせつ」?
インターネットテレビ局「ABEMA」は、報道番組「ABEMA Prime」の1月20日の放送で、Xにこんな投稿をした男性を取材した。男性はAEDを使用して女性の命を救った後、強制わいせつで被害届を出されて、警察が受理した、という。
放送直後からSNSでは、こんな投稿が溢れた。
<悲しいけど、これが現実なのよね>
<倒れている女性は見捨てるべきと思わせるに十分な話>
<女性へのAEDの使用で警察が「被害届受理」した事実は重い>
「ありえない」の声が多数
一方で、「男性の話はあり得ない」という声も消防や医療の関係者から上がっていた。この番組に出演した「RESCUE HOUSE(レスキューハウス)タイチョー」こと、消防防災アドバイザーの兼平豪さんもそのひとりだ。
兼平さんは番組スタッフに、「男性の話を鵜のみにして、事実確認がされていないのでは」と、尋ねたところ、「取材班ではないのでわからない」と返されたという。
兼平さんとのやり取りや、男性の証言の裏取りを含めた取材の経緯について、ABEMAに問い合わせたところ、広報からは「番組制作の過程については、回答を差し控えさせていただきます」と回答があった。
記者は警察庁に対して、以下の質問を送付した。
<心肺停止状態の女性に対して男性がAEDを使用した後、女性側が男性に強制わいせつで被害届を出し、警察が受理したケースはこれまでにあったか>
すると、「このような事例は把握しておりません」と回答があった。
現在、証言した男性のXの投稿は非公開になっている。
(略)
周囲の人を呼び集めて
AEDはとても有効な救命器具だ。
総務省によると、22年、救急車が現場に到着するまでの所要時間は全国平均約10.3分。心停止から1分経過するごとに生存率は約7~10%低下する。そこに居合わせた人が救急隊の到着を待っているだけだと、1カ月後生存率は7.3%だが、AEDを使用した場合は54.2%と、7.4倍も生存率が上がった(23年)。
兼平さんは、倒れている人を見つけたら、「一歩踏み出す勇気を持ってほしい」と訴える。大切なのは、倒れている人を見つけたら、すぐに周囲の人を呼び集めることだ。
「1人で抱え込まないで、一刻も早く、声を上げる。救命措置に自信がなくても、人が集まれば誰かがリードして救命措置が始まる確率が高まります」
記者は毎年、AEDや人工呼吸などの心肺蘇生法の講習を受けている。その際、消防署職員から「セクハラで訴えられた人はいませんし、その心配もありません」と、伝えられる。
「セクハラで訴えられた」は、明らかなデマだ。それによって、命が失われるようなことはあってはならない。
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)
[全文は引用元へ…]
【Yahoo!ニュースさんの投稿】
引用元 https://dot.asahi.com/articles/-/250254?page=1
心肺停止状態の女性にAEDを使うことをためらう人がいるという話は、命に関わる重大な問題だ。本来ならば、倒れている人がいれば、ためらわずに救命措置を施すのが当然のはずだ。しかし、「セクハラで訴えられるかもしれない」という不安から、救命行為を躊躇する人がいるという現状は、非常に深刻な問題だと思う。
報道によると、実際にAEDの使用後に「強制わいせつで被害届を出された」という話がSNS上で広まり、多くの人がそれを信じてしまったようだ。だが、警察庁によれば、そのような事例は把握していないとのこと。つまり、AEDを使ったことでセクハラとして訴えられるというのはデマだったということになる。
それでも、多くの人がこの話を信じてしまった背景には、日本社会における「冤罪への恐れ」や「不必要なリスクを避ける心理」があるのではないかと感じる。冤罪の問題は確かに存在するし、実際に無実の罪で苦しんだ人もいる。しかし、救命行為と犯罪を混同してしまうことは、本質的に全く違う話だ。AEDの使用を躊躇することで、救える命が救えなくなるとしたら、それこそ取り返しのつかないことになる。
救急救命の専門家は「一刻も早く救命措置を行うことが大切」と訴えている。総務省のデータによれば、AEDを使用した場合の生存率は54.2%にもなるが、使用しなければ7.3%にまで下がってしまうという。これは明確なデータであり、AEDの重要性を物語っている。しかし、それでも使用をためらう人がいるという現状は、深刻な社会問題だと感じる。
では、なぜこのような話が広まり、人々がAEDを使うことに不安を抱くようになったのか。それは、現代社会におけるSNSの影響が大きいと思う。誰でも簡単に情報を発信できる時代になったことで、事実確認がされていない話が一人歩きし、結果として多くの人がそれを真実だと思い込んでしまう。今回のケースも、ある男性が「AEDを使ったら強制わいせつで訴えられた」とSNSに投稿し、それが拡散されたことで、人々の不安を煽った。
この問題を解決するには、正しい情報を広めることが不可欠だ。SNSで拡散された話を鵜呑みにするのではなく、専門家や公的機関の発表を確認することが大切だ。また、AEDの正しい使い方や法的な保護についても、もっと周知されるべきだろう。
実際、日本では「善意の救助者は法的に守られる」という原則がある。つまり、救命措置を施した人が万が一相手に怪我を負わせたり、うまく救えなかったとしても、法律上の責任を問われることはほぼない。これは「善きサマリア人の法」とも呼ばれ、他の国でも同様の法制度が存在している。しかし、このことを知っている人は意外と少ないのではないか。もし多くの人がこの法の存在を知っていれば、「訴えられるかもしれないからAEDを使うのをためらう」という不安は減るはずだ。
また、周囲の協力を得ることも重要だ。AEDを使用する際、一人で対応するのではなく、「誰か手伝ってください」と声をかけることで、証人がいる状態で救命措置を行うことができる。複数人で対応すれば、不当な訴えをされるリスクも低くなるし、救命行為がスムーズに進む可能性も高くなる。
そもそも、AEDを使用する際は、基本的に衣服を剥がす必要がある。しかし、タオルや上着を使って周囲の視線を遮るなどの配慮をすれば、無用な誤解を招くことも防げる。こうした実践的な知識を広めることが、AEDの使用率を上げることにつながるのではないかと思う。
さらに、日本社会全体として「救命行為は当然のこと」という認識を広める必要がある。海外では、倒れている人を見つけたらすぐに駆け寄るのが当たり前という文化を持つ国もある。しかし、日本では「関わらない方がいい」という意識を持つ人が多く、そのために命が失われてしまうこともある。AEDの使用をためらう背景には、日本特有の「他人との距離感」が影響しているのかもしれない。
この問題を根本的に解決するには、教育も大きな役割を果たすだろう。学校や職場で定期的に救命講習を行い、AEDの使い方を実際に体験する機会を増やすことが大切だ。知識があれば、自信を持って救命措置を行えるようになるし、「セクハラで訴えられるかもしれない」といった誤解も減るのではないか。
AEDは人の命を救うための機械であり、その使用をためらうべきものではない。SNSで広まるデマによって救命行為が妨げられることがあってはならない。社会全体で正しい知識を共有し、救える命を確実に救う意識を持つことが何よりも重要だと感じる。
執筆:編集部A