【のあ@フェミニストさんの投稿】
引用元 https://x.com/ott3y3x/status/1614923000704552963?s=43&t=NprOfiumXLQu8KTLArsS-g
私は、最近SNSで話題になっている「のあ@フェミニスト」氏の発言を目にし、少し考えさせられた。彼女の投稿によると、「外見レベルの低い男性が多すぎる」「清潔感がない」とのことで、脱毛をすれば改善するといった内容だった。この発言に対して、さまざまな意見が寄せられているようだ。
確かに、清潔感は男女問わず大切な要素である。第一印象は見た目で決まることが多く、清潔で整った外見を持つことで、人とのコミュニケーションが円滑になることもある。そのため、身だしなみに気を遣うことは重要なことである。しかし、一方で「外見レベルが低い」「脱毛しろ」といった言い方には少し違和感を覚えた。
人の外見には生まれ持った要素が大きく関わっており、清潔感を保つことと外見レベルを決めつけることは、まったく別の話である。もちろん、身だしなみに気を遣うことは大切だが、それを強要するのは違うのではないかと感じる。
また、「脱毛しろ」という主張についても、個人の価値観の違いを無視しているように思える。確かに、脱毛をすると肌が滑らかになり、清潔感が増すと考える人もいる。しかし、体毛の処理はあくまで個人の選択であり、他人が強制するべきものではない。さらに、脱毛には費用がかかるため、経済的な理由から難しい人もいるだろう。
そもそも、清潔感とは単に「毛がないこと」ではなく、服装や髪型、肌の手入れ、体臭対策など、多くの要素が関係している。たとえば、シンプルな服装を心がけたり、髪を整えたりするだけでも印象は大きく変わる。重要なのは、自分に合った清潔感のある身だしなみを意識することだ。
さらに、「外見レベルが低い」という言葉には、人を容姿だけで判断する価値観が含まれているように思う。本来、人の魅力は外見だけで決まるものではない。性格や知性、行動力、誠実さといった要素も、魅力を形作る重要な要素である。外見にこだわることも大切かもしれないが、それ以上に内面を磨くことの方が価値があるのではないだろうか。
また、このような発言は、男性に対する外見至上主義の押し付けとも受け取れる。フェミニズムの観点から見ると、女性に対して「こうあるべき」と押し付ける社会の風潮が批判されることが多い。それと同様に、男性に対しても「こうすべき」と外見に関する基準を押し付けることは、同じ問題を生んでしまうのではないかと感じた。
そもそも、すべての人が外見にこだわるわけではない。仕事や趣味、家庭の事情などで、外見よりも優先すべきことがある人も多いだろう。社会は多様な価値観のもとで成り立っており、一つの基準を押し付けるのではなく、それぞれの価値観を尊重することが大切ではないか。
SNSでは過激な発言が注目を集めやすい傾向がある。しかし、それによって誰かを不快にさせたり、特定の価値観を押し付けたりするのは望ましくない。むしろ、さまざまな考え方を尊重し、他人の生き方を認める姿勢が求められるのではないかと考える。
私自身、清潔感を大事にすることには賛成だ。しかし、それはあくまで個人の判断であり、誰かが他人に強要すべきものではない。大切なのは、他人の価値観を尊重しつつ、自分自身が心地よく生きる方法を見つけることではないだろうか。
執筆:編集部A