韓国と台湾の一人当たりGDPが、2024年中に日本を抜く。日本は、もはやアジアの代表国とは言えない。この状態を直視し、生産性の向上に取り組む必要がある。
韓国と台湾の一人当たりGDPが今年中に日本を抜き、日本より豊かになる。 今年の4月に公表されたIMFの世界経済見通しによれば、2024年における一人当たりGDPは、日本が33138ドルであるのに対して、韓国が34165ドル、台湾が34432ドルとなり、日本を抜く。
■日本、韓国、台湾の一人当たりGDP(ドル:IMFのデータより著者作成) 一人あたりGDPで韓国と台湾が日本より豊かになるだろうとは、これまでも予測されていた。それが現実のものになるわけだ。 日本を抜いた韓国と台湾の一人当たりGDPは、その後も日本との距離を広げる。2029年には、日本が40949ドルであるのに対して、韓国は42326ドル、台湾は43104ドルになると予測される。 2023年には、ドイツのGDPが日本を抜いたことが話題になった。しかしGDPの総額は人口によって大きく影響されるので、国際的な経済力比較の指標としては、適切なものではない。一人当たりGDPで韓国や台湾に抜かれることのほうが、ずっと重要なニュースだ。 なお、IMFの統計では、2024年における一人当たりGDPは、シンガポールが88447ドルで、香港は88446ドルだ。そして、アメリカは85372ドルだ。つまり、シンガポールはすでにアメリカより豊かな国になっており、香港は、ほぼ同程度だ。
ここ数年の急激な円安によって、日本の国際的な地位が急速に低下した。ドル表示の一人当たりGDPでの日本の地位の低下も、円安によって引き起こされている面が強い。 ただ、それだけではなく、実体面で見ても、日本の没落ぶりは顕著だ。 スイスのビジネススクールIMDが6月17日に発表した世界競争力ランキングでは、シンガポールが世界第1位となった。そして、香港が第5位、台湾が第8位、韓国が第20位だ。それに対して、日本は過去最低の第38位にまで落ち込んだ。 日本企業の競争力は、絶望的なほどに落ちてしまった。 経済的に見て韓国や台湾が日本とほぼ同じ、あるいはそれより上というのは、一人当たりGDPだけのことではないのだ。 もう一つの指標として、企業の時価総額で世界100位以内にランキングする企業数を見ると、日本は一社だ(トヨタ自動車)が、韓国、台湾も1社である(韓国はサムスン、台湾はTSMC)。これを見る限り、企業の実力も、日本、韓国、台湾でほぼ同じと考えてよいだろう。 日本は人口が多いこと、順位ではTSMCやサムスンのほうがトヨタより上であることを考えれば、韓国、台湾の企業力のほうが日本より強いと考えることもできる。 しかも、トヨタはガソリン車の製造会社であり、古いタイプの製造業に属する。それに対して、サムスンやTSMCは新しい時代の企業だ。だから将来性という点から見れば、韓国や台湾の方が日本より進んでいると考えることができる。 なお、香港やシンガポールは人口が少ないので、このランキングでは上位に登場しない。
1990年代の末、アジア通貨危機の中で韓国は国家的な危機に陥った。韓国のウォンが暴落し、韓国は対外債務を返済できなくなった。そしてIMFの管理下に置かれ、IMF特別融資でかろうじて生き延びた。 この時の経験で韓国人は大きく変わった。生産性を高めなければ世界の中で生き延びていけないことを、思い知らされたのだ。 そして教育に力を入れた。その結果、韓国の人材力は見違えるように高まった。 留学生の数を見ても、前回の本欄で述べたように、日本より多い。人口あたりで見ればもっと多い。また、イギリスの調査機関であるTHE(タイムズ・ハイアー・エデュケーション)が作成する世界の大学ランキングにおいて上位100位以内に入る大学が3校ある。これは、日本の2校よりも多い。 韓国の教育ブームは行き過ぎであり、異常なものだと批判する人も多い。そのような側面があることは否定できない。しかし、高い教育を求める熱意が人材の質を高め、高い成長率をもたらしていることは否定できない。 韓国の教育ブームを批判するよりは、日本の高等教育のありかたを根本から見直すことこそ急務だ。 なお、上位100位以内の大学数は、シンガポールが2校、香港が5校だ。人口が少ないことを考えれば、この数字は驚異的なものだと言わざる得ない。一人当たりGDPの数字がアジアの中で飛び抜けた値になっているのは、これと密接に関係している。
以上を考えれば、一人当たりGDPで日本が韓国や台湾に抜かれるのは、決して軽視して良いことではない。極めて重要な事態だと考えなければならない。それは、日本が世界の動向に追いついていけないことを示しているからだ。 したがって、問題は、アジア諸国・地域との関係だけでなく、世界の中における日本の地位が低下しているということだ。それは、日本が、世界の他の国の人々との比較においても、あるいはこれまでの我々の生活に比べても、貧しくなっていることを意味する。日本がこのような危機的な状態に直面していることを、我々ははっきりと認識する必要がある。 経済政策においても、所得税減税のようなばら撒きや、金融緩和などの人気取り政策を続けるのではなく、いかにすれば生産性を引き上げられるかという方向に転換しなければならない。
以上で述べたことは、安全保障の観点からも重要な意味を持つ。最も重要なのは、集団安全保障の枠組みの中で、日本が守る価値を持つ国であることを、集団安全保障のパートナー(とくにアメリカ)に納得させることだ。防衛費を増やすよりも、このほうが、安全保障上、はるかに重要な価値を持つ。 これは決して空論ではなく、現実に起こりつつあることだ。 その例が、台湾のTSMCだ。同社は、台湾で「護国神山」と呼ばれているそうだ(朝日新聞 6月22日)。これは、もともとは、台湾を自然から守る山脈を指す言葉だった。ところが、今ではTSMCを表す代名詞になっている。TSMCの工場が台湾にあることが、台湾有事の抑止力になるという考えだ。 では、日本は、それと同じような「護国神山」を持っているのだろうか? われわれは、この問題を深刻に考えなければならない。
野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授)
引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/0ea32eff9fa0c5062ea5201061bfb8a9dfb3dd69?page=1